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「いいね」はなぜ簡単でいいのか?

はじめに

Facebookの「いいね」に代表されるような "各ユーザの投稿・行動に対して1クリックという簡単な動作で「私はあなたの投稿(行動)に好感を持ちました」というポジティブな感想を伝える機能" は最近のSNSに多く実装されている。この機能は投稿者にポジティブなフィードバックが発生しやすく、かつ、読み手にとっては非常に簡単に実行できるため、SNSへの投稿を活性化させる素晴らしい発明であると言えよう。そのため「いいね」が適切なタイミングで適切な量行われる場合、投稿者と読み手の間にシンプルだがコミュニケーションが活性化し、両者の繋がり(やや大袈裟に言うと仲間意識)は強くなっていくであろう。一方で、簡単であるがゆえに読み手は「いいね」を乱発することも簡単で、例えば友達の投稿全てに「いいね」をすることもできる。もちろんそうなった場合、その「いいね」の価値は低くなり、コミュニケーションとしてもほとんど意味のないものになる。

ここで、この「いいね」の仲間意識を強めるコミュニケーションという側面について考える。このようなコミュニケーションはヒト以外でもされており、例えばチンパンジーなどの類人猿ではグルーミング(毛づくろい)がそれに対応する。すなわち、グルーミングは単に体からノミなどを取り病気を防ぐだけでなく、お互いの協力関係や序列(どちらがより上位か)を確認し、確立する行為でもある(グルーミング - Wikipedia)。こういった行為を社会的グルーミングと言う(本記事では毛づくろいという行為にかかわらず社会的に同様の意味を持つ行為をグルーミングと呼ぶ)。おそらく我々ヒトの祖先もこのように社会的グルーミングをして互いの仲間関係・上下関係を確認し合い、社会関係を作り上げていったのであろう。

しかし、ヒトの社会では付き合いのある相手全てに対して毛づくろいのような時間や手間のかかるグルーミングをすることはできない(チンパンジーの集団(50体ぐらいの群)に比べ、原始のヒトの集団は150人ぐらい(11 - On the origin of the human mind - University Publishing Online)と集団サイズが大きい)。そのため、毛づくろいより簡単な「視線によるグルーミング」が進化したと考えられている(The gaze that grooms: contribution of social factors to the evolution of primate eye morphology)。この研究では、ヒトを含む霊長類において視線の追いやすさと社会性(新皮質の大きさや群のサイズ)に関連があることを示し、視線によるグルーミングが様々な霊長類で行われていること、視線の追いやすさ(グルーミングのしやすさ)は社会的状況に依存して変化したことを示した。

例えば、チンパンジーを含め多くの霊長類は、顔が黒く、強膜(いわゆる白目)も黒く、瞳孔(黒目)も黒いため、よく見ないとどちらを見ているかわかりにくい。これは視線はコミュニケーションの道具である一方、他者に視線の方向を悟られることが不利になる(自分の見つけた食べ物を横取りされる)ため、このように進化したと考えられる。一方でヒトは、顔の色は様々で、強膜は白く、瞳孔は黒い(おまけにとても横長の瞳)ため、相手がどちらを見ているかが非常にわかりやすく、相手に「視線の方向を悟らせるため」の目をしている。

前述のようにグルーミングは高コストなものであるほど、その効果は高いが、コストが高い分だけ少人数相手にしか実行できず、低コストであるほど、その効果は低いものの多くの人数相手に実行可能であり、それぞれ有効な社会的状況は異なる。人間社会で例えるならば、高コストなグルーミングはお歳暮や義理チョコなどで、低コストなグルーミングは「いいね」などであろう。

では、どんなときにどれだけのコストをグルーミングに掛ければいいのか? 言い換えると「いいね」は「どんな社会的状況」ならば効果を持つのか? その逆の高コストなグルーミングは「どんな社会的状況」に有効なのか? 本記事ではこの疑問について考えるためにシンプルなモデルによる数値シミュレーションでアプローチする。

モデル

N 個体の集団がグルーミングで仲間関係を形成(グルーミングフェイズ)し、その後にグルーミングで築いた関係を用いて囚人のジレンマゲームをプレイ(ゲームフェイズ)するという状況を考える。この2つのフェイズを経て各個体が得た適応度を元に集団を進化させる。

グルーミングフェイズ

このフェイズでは各個体が他の個体に対してグルーミングをする。各個体 i のグルーミングする相手の数は

 (N - 1) r_i (1 - c_i) … ①

で決まり、集団中からランダムに選んでグルーミングをする。ここで  r_i \in [0, 1] は個体 i のグルーミング率と言い、自分以外の全個体( N - 1)に対してどの程度グルーミングしようとするかを表す。  c_i は個体 i のグルーミングに掛けるコストを表し、 c_i \in [0, 1] が高ければ高いほどグルーミング可能な相手は減るとする。

個体 i が個体 j からグルーミングされた場合、個体 i は個体 j に対して信頼度  b_{ij} \in [0, 1]を得る。信頼度はグルーミングのコストに比例する( b_{ij} = c_j)とする。

このようにして全個体は他の個体に対してグルーミングをし合う。

ゲームフェイズ

このフェイズでは各個体が他の個体と囚人のジレンマゲームをする。利得行列は以下とする。

協調 裏切り
協調 3, 3 0, 5
裏切り 5, 0 1, 1

N個体の集団から一つ個体を取り出し、この個体 i が他の全個体とゲームをする。この時、起点となる個体 i をホスト個体と呼び、それ以外の個体をゲスト個体と呼ぶ。ホスト個体 i は自分がグルーミングした相手であれば協調、そうでなければ裏切り戦略を選択する。ゲスト個体 j は個体 i に対する信頼度  b_{ij} を評価して基準を満たしていれば協調、そうでなければ裏切り戦略を選択する。 具体的には自分にグルーミングをした全個体に対する信頼度  b_{*j} のうち、信頼度の高さが上位 R 位以内であれば協調、そうでなければ裏切るとする。この R はゲストの時の協調ができる回数であるため、環境の状態と解釈できる。つまり、R が N - 1 に近い場合は、(一般にコストの高いと言える)協調行動が他の全ての個体に対して可能なので、資源が豊富な環境であると言える。一方で R が 1 に近い場合は、協調行動が信頼度の高い数個体相手にしか協調行動ができないので、資源の少ない厳しい環境であると言える。

このようにして全個体が1回だけホストになり、また、N - 1 回だけ他個体のゲストになり、ゲームをし合う。その結果、各個体 i の利得の合計を  P_i とすると、その個体の適応度  f_i

 f_i = P_i - (N - 1)^2 c_i r_i … ②

とする。ここで  (N - 1)^2 c_i r_i は、グルーミングにリソースを割いたことに対するコストであり、グルーミングをすればするほど、グルーミングにコストをかければ掛けるほど適応度が下がることを表す。

進化

上記の2つのフェイズを経て各個体が得た適応度を元に集団を進化させる。進化対象の個体の属性はグルーミング率 r とグルーミングコスト c の2つである。

2つのフェイズ終了後、適応度 f における上位 S 個体の属性 r と c はそのまま次の世代に受け継がれる。加えて、上位の S 個体の更に上位 N - S 個体の r と c を ± 0.1の範囲で突然変異をさせ、次の世代とする(ただし r, c \in [0, 1] は満たすように境界値を処理する)。このようにして、今の世代の N 個体から次の世代の N 個体を生成する。

本記事の目的は進化ダイナミクスについて知ることが目的ではないが、各個体のグルーミングに関する属性(r と c)の進化(や学習)によって集団全体が安定的に釣り合いっている状態(平衡点)を求めるために使用する。

数値シミュレーション

上記のモデルを使用して数値シミュレーションを行う。集団の個体数 N = 100、選択個体数 S は 80とする。初期世代の r と c は  [0, 1] の範囲でランダムに与える。

このような設定で任意の R を設定して、200世代の進化をさせ、その時の r と c を観測した。

以下にグルーミングの進化(r と c)に対する R の影響を示す。R は 0 から N まで 5 刻みでそれぞれ設定している。

f:id:swarm_of_trials:20130715123932p:plain

同図から R が 0 の場合は、ゲストが誰とも協調行動をしないため、当然、グルーミングは進化しなかった。

R が 0 より少し大きい領域( 0 < R \leq 15)では、 R に比例してグルーミング率 r が大きくなり、また、コスト c も増加したため、集団のごく一部の相手に対して少しだけコストを掛けるようなグルーミングをする集団に進化したと言える。これはグルーミングをしても、ゲストが協調可能な相手数 R が少ないため、グルーミングをして相手の協調行動を期待するよりもグルーミングによる適応度低下を防ぐ方が適応的だったためと考えられる。

さらに R が大きい領域( 15 < R \leq 50)では、r はさらに増加したが、c は 0.5 程度とほぼ一定(本シミュレーションでは最大)になり、集団中のそれなりの数の相手に対して、かなりのコストを掛けてグルーミングをする集団に進化した。例えば R=40 の場合では、グルーミングの相手数は式①より、 (N - 1) r_i (1 - c_i) = (100 - 1) 0.8 (1 - 0.5) = 39.6 となり、各個体はおよそ40個体程度相手にグルーミングをしている。これは、ゲストが協調可能な相手数 R がある程度あるため、グルーミングをすれば相手の協調行動が期待できるものの、R は全体の半分以下と限定的であるため、相手から高い信頼度 b を得る必要があったためと考えられる。

より R が大きい領域( 50 < R \leq 100)では、他と大きく異なり、r はほぼ最大値 1 に近くなり、c は R に対応して減少した。これはゲストが協調可能な相手数 R が多いため、グルーミングにより適応度低下より、薄く広くグルーミングをして相手の協調を期待するように進化したと考えられる。R が大きいほど、グルーミングにコストを掛けなくても相手は協調しやすくなるので、R に対応して減少したと考えられる。

まとめ

毛づくろいのような高コストなグルーミング行動や「いいね」のような低コストなグルーミング行動について、それぞれどんな状況ならばどのように成立しうるかについて考察するために、囚人のジレンマゲームで協調をするための信頼関係を築くためにグルーミングをするというモデルを構築し、それの進化シミュレーションをして平衡状態を求め、それの分析を行った。

その結果、協調行動のコストが高く可能な協調行動の回数が限られるような厳しい環境下では、対象の相手から「他の人より自分が高い信頼を得る必要が有る」ため、一部の相手を対象とした高コストなグルーミングのみ成立しうること、逆に、協調行動のコストが低く誰に対しても協調行動ができるような余裕のある環境下では、浅く広い信頼関係が有効であるため、大部分の相手を対象とした低コストなグルーミングが成立することがわかった。そしてこの2つの状態は環境によって明確に区別され、相転移や分岐のようにも見える。この臨界点の存在については別途数理解析をしたい。

おそらくヒト(もしかしたらチンパンジーなどの類人猿も)は、相手にして貰いたい協調行動のコストに応じて様々なコストのグルーミングを(意識的/無意識的に)使い分けているのであろう。いつ、どんな社会的状況でどんなコストを掛けたグルーミングをしているか? の実際の振る舞いについては、Facebookなどのデータを利用した分析を今後の課題としたい。めったに「いいね」しない人としょっちゅう「いいね」する人の「いいね」の効果の違いや、「いいね」とコメントでの「おめでとう!」といった定型文、相手の状況に合わせたコメントといった違いの考察などである。

ソーシャル・ネットワーク (字幕版)

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